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京急700形電車 (2代) : ミニ英和和英辞書
京急700形電車 (2代)[けいきゅう700がたでんしゃ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [みやこ, きょう, けい]
 【名詞】 1. capital 2. metropolis
: [きゅう]
  1. (adj-na,n) (1) urgent 2. sudden 3. (2) steep 
: [けい, かたち, ぎょう]
  1. (suf) shape 2. form 3. type
電車 : [でんしゃ]
 【名詞】 1. electric train 
: [くるま]
 【名詞】 1. car 2. vehicle 3. wheel 
: [よ, しろ]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 

京急700形電車 (2代) : ウィキペディア日本語版
京急700形電車 (2代)[けいきゅう700がたでんしゃ]

京急700形電車(けいきゅう700がたでんしゃ)はかつて京浜急行電鉄に在籍した通勤形電車である〔。京急で初めて片側4扉の車体を採用し〔、1967年昭和42年)から1971年(昭和46年)にかけて4両21編成、84両が製造された〔。制御電動車2両と付随車1両の3両単位で普通列車として運用される様構想された〔が、様々な事情から1970年代の一時期を除いて付随車を1両追加した4両単位で運用された〔。4両編成では起動加速度が低いことから本線の普通列車としての運用に難があり〔〔、1978年(昭和53年)以降は大師線やラッシュ時の優等列車に運用の中心を移している〔〔。1980年(昭和55年)から1988年(昭和63年)にかけて冷房装置を搭載する改造がほどこされたのち〔〔、1998年平成10年)から2005年(平成17年)にかけて廃車され、高松琴平電鉄に22両が譲渡されたほかは解体処分された〔〔〔。
本項では、京急本線上で南側を「浦賀方」または「浦賀寄り」、北側を「品川方」または「品川寄り」、東側を「海側」、西側を「山側」と呼ぶ。編成番号は浦賀方先頭車の車両番号で代表する。「1000形」は1959年(昭和34年)登場の1000形(初代)、「800形」は1978年(昭和53年)登場の800形(2代)を、「400形」は1966年(昭和41年)の改番以降の400形(2代)を指す。
== 概要 ==

自社線内普通列車用として設計・製造され、高度経済成長を背景に混雑が激しくなったラッシュ時の停車時分を短縮するため、京急初の片側4扉車とされた〔〔。両開き扉は停車時分短縮の効果が薄いとの検証結果と、製造コスト抑制の目的から採用されず、片開き扉となった〔。
全車電動車1000形に対し、製造当時の私鉄各社の趨勢に倣って〔コストダウンを目的に編成の半分の車両を非電動車とし、先頭車が制御電動車デハ700形、中間車が付随車サハ770形となった〔〔。出力150 kWモータを採用、粘着性能向上のため電動車の車長を付随車より1 m長くする構造が採られた〔〔。1000形の2両1ユニットに対し、700形では電動車はユニットを組まないが、電動発電機空気圧縮機などの一部補器は付随車に搭載されている〔〔。全車電動車の1000形4両編成に対して、付随車を編成中に組み込んだことで製造コストが編成あたり同じ4両編成で800万円(2014年の 円に相当)安価であったとされている〔。
ラッシュ時はMTM(制御電動車 – 付随車 – 制御電動車)の3両編成2本で、日中はMTM 3両編成で普通列車に運用する設計構想だったが、1967年(昭和42年)にMTTM(制御電動車 - 付随車 - 付随車 - 制御電動車)の4両編成で最初の5本(20両)が製造されている〔〔。登場後数年で設計構想通りMTM編成となる予定とされていた〔が、終始MTTM編成のままで1971年(昭和46年)までに21編成(84両)が製造された〔〔。設計構想と異なる状態で製造、運用されたのは駅ホーム延伸などの対応が遅れていたこと〔、吊り掛け式駆動車もまだ普通列車に多数運用されていた当時の状況では700形MTM編成に見合ったランカーブを採用出来なかったことが理由とされている。サハ770形は3両編成の中間車として設計されたため、奇数番号車、偶数番号車とも同一の設計〔で、全車に3両分の容量をもつ電動発電機、空気圧縮機が搭載された〔。サハ770形の形式番号はMTM編成とした場合のデハとサハの両数比率を反映して付与され〔、771から799が製造された後は770・761 - 769・760・751・752という変則的な番号になった〔。
当時の京急の発注方針に基づき、車体、台車、主要機器は2社に分けて発注され、最終製造車を除いて東急車輛製造(以下、東急)製の車体には東急製の台車、東洋電機製造(以下、東洋)製主要機器の組み合わせ、川崎車輌(以下、川車、1969年(昭和44年)から川崎重工業一部、以下、川重)製の車体には三菱電機製(以下、三菱)主要機器の組み合わせで製造された〔〔。また、最終製造車を除いて両者が1:1となるよう発注されたため、浦賀方2両と品川方2両で製造者が異なる編成が3編成あった〔〔。最終製造車では1971年(昭和46年)以降製造の1000形などと同様機器ごとに各社が分担して製造する方式に変更された〔。1953年(昭和28年)以降、京急では車体製造者が設計した台車を採用していたが、700形では車体製造車に関わらず共通設計の台車が採用されている〔。
1974年(昭和49年)から1980年(昭和55年)にかけて一部編成がサハ770形1両をはずしたMTM 3両編成となり、編成からはずされたサハ770形は一時留置ののち1000形に組み込まれて運用された〔〔。1972年(昭和47年)以降の増備は1000形冷房車に移行、4扉車の製造はいったん中断された〔〔〔。 1978年(昭和53年)に4扉車の製造は800形として再開され〔、800形に3両・6両の普通列車運用を譲ってMTM編成で運用されていた700形は順次製造時と同じMTTM編成に戻された〔。この途中、1978年(昭和53年)1月からは大師線でも運用されるようになった〔。1978年(昭和53年)3月以降、普通列車のランカーブが700形MTM編成のものに変更されたため、MTTM編成をラッシュ時に普通列車として運用することが困難となり、通勤快特用や優等列車の増結用として活用された〔。
1980年から1988年(昭和63年)にかけて冷房改造が行われたが、編成中の付随車2両に冷房電源用に増加した機器を分散して搭載したためMTM編成とすることが出来なくなり、冷房改造後は終始MTTM編成で使用された〔。1998年(平成10年)から2005年(平成17年)にかけて順次廃車され〔〔、22両が高松琴平電気鉄道に譲渡されたほかは解体処分された〔〔〔〔〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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